松山釣り具店のご主人松山さんは元々、船大工の職人さんです。２〜３０メートル離れた親方の家で船造りの修業をし、独立して家の前で造船業に励んだそうです。アルバムを見せていただき、造った船の数に驚きました。当時は注文が相次ぎ多忙を極めたと言います。 

しかし、やがてプラスティックの船の時代を迎えて木造船の仕事が次第に失われ始めた頃、幸運にも、趣味が身を助けてくれることになりました。実は、船造りに忙しかった頃の、唯一の息抜きが魚釣りでした。この魚釣りの趣味がまさに“芸は身を助ける”ことになったのです。 

河津の浜地区に旅館河津海苑があります。そこの板前さんが松山さんの釣り仲間でした。ある時この釣り仲間が、魚の刺身の盛り合わせに船の形をした器を使ったらどうか、と言い出しました。自分が旅館の板前であり、松山さんが船大工であることが念頭にありました。

手応えを感じた松山さんはそれからというもの、日夜“船”作りに励み、仲間の板前さんと協力して需要先を広げてゆきました。そして、注文に追い付かないほどの“船”作りが暫くの間続いたということです。今では“船”盛りは全国に普及していますが、その発信元は稲取の松山さんと釣り仲間だったのです。 

松山釣り具店には松山さん自作の浮きやルアーが並んでいます。これらの作品には大工さんの技術と、趣味の釣りを通して得た工夫が生かされています。松山さん渾身の自慢の品物です。私自身は釣りの趣味はありませんが、稲取に来る度に釣りを楽しみにしている孫たちにプレゼントしたいと思っています。